Trees_of_Spring

2015/9~アメリカの大学院にて工学系の研究をしています。2016/7~シリコンバレー近辺のハードウェアスタートアップで製品の開発をしています。あんまり研究の話はなく個人的なことばかり書こうかと。こんなんですがトビタテ!留学JAPANという文科省のプログラムに採択されてありがたくアメリカで生活を送れています。何かあればどうぞ→Mail: tut.it.mus1c[あっと]じーめーるどっとこむ

文化的マイノリティとか最近のこととか

僕は生まれてから23年ずっと日本で育ち、なんなら大学に入るまで本州すら出たことも無いドメスティックな人間だった。そんな僕が渡米すると、超え難い文化の壁だとかマイノリティだとか今まで考えもしなかった事をよく考えるようになった。どちらかと言うと考えざるを得ない状況になったと言ったほうがいい。

僕の居る所は一風変わった環境だと言えるだろう。 

僕は今アメリカの大学院の工学系の研究室に所属しており、ここではあから様に中華系が多いのである。メンバーはおそらく30人程度だろうか、もちろん日本人は僕一人だけで、欧米人(という言い方で良いのだろうか。)も数少ない、半分以上は中国・台湾からの学生である。特にこの傾向は上に行くほど顕著であって、学部生や修士はさておき、グループのボス2人を筆頭に、ポスドク、phDで見ると8,9割が中華圏の方々である。


彼らの何が凄いかというと、アメリカだというのに数で圧倒することで英会話も拙いような学生でもそのコミュニティに属すことで何不自由なく生活が出来てしまうことである。もちろん言語はマンダリン(中国の標準語)である。調度良く人が混ざれば

“お互いに違うけど理解し合おう!”

というよく有りそうな留学美談が成り立つのだろうが、ここではその構成比が極端なせいでそれは成り立たない。兎に角ここでは彼らがマジョリティで僕がマイノリティなのである。

 

彼らは常日頃から僕の手前でも平気で中国語で会話を行う。もちろん僕が何かを英語で問いかければ英語で返してくれる。その返答も人によってまちまちで流暢に喋れる人もいれば本当に英語でのコミュニケーションを取るのに苦労する人もいる。しかし彼らの語学力云々ではなく、重要なのは用件がない限り僕の分かる言葉で会話をしないということだ。特にしょうもない冗談や雑談の類のコミュニケーションが基本的に無いということが決定的に違う。さながら僕は北京にでも留学しているんじゃないかと思ったりする程だ。まぁ北京よりかシアトルの方が空気は澄んでいるが。

勿論彼らは時々ランチに誘ってくれ日本のことについて聞いてくれることがしばしばあり僕も嬉しい。しかし、それは僕が居文化の人間だと認識した上でそれを異色の文化として見ていて、同色になろうという訳では決してない。

 

僕の大学、研究室にも1割に満たない位だろうか留学生が居た。僕は英語の勉強にもなるし、考え方が違って面白いし、なんならいつもちょっと寂しそうにしているとも感じていて、彼らとたまに食事をしたり、会話をしたりしていた。しかし彼らが自分の中で1番に来ることはあまり無く、結局週末に遊ぶ友達は日本人だった気がする。結局自分もマジョリティの中にいる時はそれが心地良く、そこにすっぽり収まっていたというわけだ。留学生は何故か留学生同士で絡んでいるって通説があったけども今思うと至極当然のことだ。日本人には絶対的にマジョリティな日本人コミュニティがあり彼らにはそれが無いわけだから。これも結局立場が違えど同じ原理なんじゃないかと。

僕は折角留学に来ているし、当初はそれ以上の関係性を持ち言語の壁はあろうけども、それを跨ぎ超えて彼らと関わろうと躍起になった。思い返すとさながらドヤ顔で靴を履いたまま畳に上がる外国人だった。

 僕の場合は研究室も然り、シアトルという街自体がアジア人の人口が多くそれぞれの国の人が小さな文化圏コミュニティを作るのに十分な人がいる事もあって、多かれ少なかれ人は同じ文化圏で群れている気がする。最近では僕も色々と思うことはあったが日本人のコミュニティに居る気がするし、結構悪く無いとも感じてしまう。日本人と絡むというのはあまり良く聞こえないかも知れないが、留学先だからこそ細かなグルーピングを飛ばして日本人というだけで共感できるという不思議な空気感もある。ここだからこそ知り合えた人もいるわけで。そして、一人で他の文化圏に突っ込んで拒絶されるという失敗を通して、僕も日本人を数人誘って、相手の人らも数人同じコミュニティから人を出して飲みに行くと結構上手くいくし楽しい。相手の文化だとかホームに同化しようとせず、自分も他の文化に触れる事を前提に動くことが味噌なのかもしれない。人種っていうどうにも変え難いけどもはっきりと持っている物を改めて感じる事は日本では絶対に無かったことだと思うし、それはそれで1年足らずのうちの生活なら経験として悪くない。

 

 

 日頃思うけども、僕のブログはなんともネガティブな投稿が多い気がする。けどもそれは割と客観的に書くからワッと高ぶる感情が表に出てこないだけであって、留学生活が作る特殊な時間を肌で感じているし、それを差異としてそれなりに楽しんで考える材料位には昇華できていると思う。

 あとは文章で残すには及ばない(or 書くようなことじゃない) しょうもない糞な経験や、個人的に面白い、嬉しい出来事だとか諸々あったりする。飲みに行ったら2件目くらいまでは話せる事が有る気がしている。また3件目からしか語れない事もある。結局そういうのが主なんで、淡々と書く内容な重くなりがちなわけで、まぁ何が言いたいかというと僕はメンヘラの類じゃないから糞長い投稿にドン引きしないで欲しいという一点である。

 

最近のシアトルはあまり雨も降らなくなったし、神戸から移植されたという桜が咲き、空も高く透き通っている。雨ばかり降っていた半年とはガラッと変わりシアトルの夏の良さが語られる理由がわかってきた気がする。

 

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マウントレーニアがセンターに来るように中心通りが作られていてなんともいい眺め。僕のラボは奥の池の近辺。

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花見気分を味わえたのは予想外にテンションが上がる!キャンパスはほんとに綺麗っすよUW!

 

あとは忘れもしないこのブログの初稿で書いた、僕が研究室でデスクを貰えなかった件だが、自分がついていたグループのボス的な学生が遂に6年間の博士生活を終えて先週卒業していき、彼が使っていたデスクを譲ってもらえる運びになった。。。。

のだけど、デスクスペースを貰った、というよりコンパートメントで区切られた部屋が貰えた笑

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広い!広すぎる。6畳くらいだけどw

冷蔵庫とやかんも譲ってもらった、もう生活できるじゃんか!(ほぼしてる)

 

それと同時に自分が属する小さなリサーチグループには後輩も入ってきて、自分の部屋にプレゼンを見せに来る。あーだこーだアドバイス?的な事をしているとなんか偉い良い気分に見まわれて自惚れていたりするw

 

まぁ、最近はこんな感じです。

 

P.S. ぼちぼち帰国の目処が見えてきた気がするけども、僕はそれなりにアメリカでの生活を気に入っていて、もう少し長くこっちに居ようと画策してます。けれども、シアトルでの生活には大分満足してしまっていることもあって、おそらく7月以降はカリフォルニア近辺で下働きか何かをしている。(していたい)ので、また新しい生活が始まりそうです。そこら辺にその時期にカリフォルニアに居る人は宜しく。